148センチの日常

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【人生】つらさの中にある「何か」をしっかりつかむ

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【生きていくために必要な「頭の中の会話」】

先日、こちらの本を読みました。

 

ひとりで暮らしている

70歳過ぎの桃子さんが主人公です。

 

すごく大きな事件が起こるわけでもなく、

桃子さんの日常と歩んできた人生を

いったりきたりしながら話は進んでいきます。

 

読み終えたときは

祖母の頭の中を垣間見たような、

何十年後の自分をみたような、

不思議な気分になりました。

 

なにしろ桃子さん以外とんと人の気配の途絶えたこの家で、

音は何であれ貴重である。

(「おらおらでひとりいぐも [ 若竹 千佐子 ]」より引用)

 

今まで一人暮らしの生活を、

「自分以外のものが発する音が貴重である」

という角度から、考えたことはありませんでした。

 

自分になかった視点に、はっとさせられます。

この一文だけで、老いてひとりで暮らすときの「孤独」の空気を、

感じることができます。

 

自分のような人間、

容易に人と打ち解けられず孤立した人間が、

それでも何とか前を向いていられるのは、

 

自分の心を友とする、

心の発見があるからである。

 

(「おらおらでひとりいぐも [ 若竹 千佐子 ]」より引用)

 

見た目はひとりの人間である桃子さん。

その頭の中で繰り広げられる「会話」が奥深く、

引き込まれます。

 

 様々な「私」が「私」を中から支えているから、

老いてもひとりでも生きていけるんですね。

 

もしかしたら、私の祖母の中でもこんな会話が

繰り返されているのかもしれません。

 

それは生きていくために必要な「会話」なのです。

 

自分が年をとって

もしひとりで過ごすことになったとしたら、

こんな感じなのか、と

疑似体験をしているようでした。

 

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【失うことは何かを得ること】

なんだって意味を持って感じられる。

(中略)

 

おらの人生は言ってみれば失って得た人生なのだな、

 

失わなければ、何一つ気づけなかった。

 

(「おらおらでひとりいぐも [ 若竹 千佐子 ]」より引用)

 

人生に無駄なことはひとつもない、

とよく言いますが、

 

それをいつ実感するのかは

人それぞれです。

 

 失わなければ何かを得ることはできないとは

深い人生哲学ですね。

 

↓詳しくはこちらの記事をどうぞ

148cmnonitijyo.hateblo.jp 

考えてみれば、道がいくつかあっても、

歩める道は1つです。

 

その道がどんな道になるのかは、

進んでみないとわかりません。

 

歩む道を決めたとき、

他の道は失うことになります。

 

でも進まなければ得ることも失うこともできません

 

失ったり、得たりしていると感じられるということは、

「人生を歩めている」という証でもある

のではないでしょうか。

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【つらさの中にある「何か」をつかむ】

これからの人生でも

失うこともあれば得ることも

たくさんあると思います。 

 

その結果に喜んだり、落ち込んだりするでしょう。

もっとつらいどん底もみるかもしれません。

 

つらさの中で得た「何か」をつかんで、

少しずつ進んでいこうと思います。

 

【今回紹介した本はこちら】

おらおらでひとりいぐも [ 若竹 千佐子 ]